いじめ体験談 其の五

いじめは高校1年の夏休み明けの2学期から始まって、冬休みが終わり3学期に入ってからも相変わらずな状況が続いていました。

だけど、何て言うかな、いじめと言うものは本当に辛かったですよ、でも、その頃になると私もその状況にちょっと慣れてきたと言うか、徐々に今に始まった話ではなくなってきていたんですね。

それに、心優しいグループの子たちが私の状況を知りつつも時々話しかけてくれたりして、その点でも助けられていた部分はありますし、とても失礼な言い方になってしまうけど、ちょっと地味で大人しい感じでそれまであまり話したことが無かった人たちの優しさに触れて、人は見た目じゃないなと分かりましたしね。

辛い日々の中でもちょっとした変化があったり気づきがあったりして過ごしていました。

 

そんな矢先の3学期の中頃の事でした。

それまで私にノータッチを貫いていた母がいきなり

「 アンタ、静岡のおばあちゃんの所へ行って、あっちの高校に通えば? 」

と言ってきたのです。

何の前触れもなく、ほんと、急にです。

でね・・・

例えばこれが、私が思うような普通のご家庭のお母さんの言葉だったとしたら、両親が私の事を考えて色々心配して、夫婦で相談して提案してくれているんだろうなって、ありがたく思うことだと思うんです。

そして私も素直に、その提案を選択肢の一つとして、今後の事を考えたりも出来たと思います。

だけど毒親を持つ子供には分かってしまうんですよね、悲しいけど、母のこの言葉の本意が。

 

自分は面倒には関わりたくないのに

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毎日暗い顔をしていて何も解決していないであろう自分の子供がいる

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それを知っているのに何もしない親と他人から思われるのが嫌

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ならば祖母の所へ引っ越しさせれば

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親戚や学校に対しても、ちゃんと子供の事を心配して対応した親アピールが出来るし

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毎日一人で耐えている子供の顔を見ないで済んで気が楽になる

 

優しさとか心配からではない提案だろうと感じ取った私は、一見心配している風を装う母に対して呆れてうんざりするような気持になり、スッと何か冷めた気持ちになりました。

それと共に、それまでの学校生活の事も冷静になって思い返した瞬間でした。

 

いじめの原因は、私にあったかもしれない。

だけど、友達ならば私の何が悪かったと言ってくれても良かったのでは?

私も理由が分かれば、ちゃんと謝る事が出来ただろうし。

なのに、理由を聞いても答えてもくれず。

一方的に無視、一方的に不快な態度や言葉を執拗に放ってくる。

それはもう、元々友達でもなんでもなかったんじゃなかと。

そんな人たちの方が、卑怯じゃないかって。

 

母の言葉を聞くまでは、学校でも家でも辛いばかりでした。

でも、体裁を取り繕いたい母と、どう考えてもフェアじゃないいじめをしてくる人たちに、知ってて知らんぷりをする学校サイド、私はここで初めて 「 負けてたまるか! 」 って感情が湧きあがりまして、即答で 「 転校はしなくていい。 」 とキッパリ断って3学期が終わるまで一度も休むことはありませんでした。

こうして母は 「 自分は娘の事を考えてちゃんと提案をしたけど娘が断ったから 」 と言う既成事実が出来たので、それ以降はまたノータッチ状態に戻り、そうこうしているうちに私は無事に2年生に進級しクラスが変わって、私へのいじめは(ひとまず←後日談あり)終息しました。

 

頼れる人がいたら頼りたかったけど、親も学校も教師も誰も力になってくれなくて、心無い人たちの言動で逆に現実が見えて心が強くなり、一人で乗り切った、そんな感じの私のいじめ体験でした。

いじめを受けている間は、気持ちも委縮して小さくなって過ごしていたけど。

上記の様に少し冷静になって客観的に考えられれば、いじめられている人が悪いのではなくて。

文句を言ってくれたり何だったら喧嘩でもイイから対等に話し合うこともしなくて、せめて嫌ならそっと離れてくれてもイイものを、一方的に執拗にいじめ続ける人の方が卑怯だと思います。

だから、もしも今いじめを受けている人がいたら、あなたは悪くないと気づいて欲しいなと思います。