核家族

小学1年生の3学期がもう少しで終わろうとしていた頃、私は今現在も両親が住んでいる実家に引っ越してきました。

なんでそんな中途半端な時に引っ越ししたんだろう?って、今でも不思議です(^^;

引っ越す前は父が勤めていた会社の社宅で暮らしていて、社宅には私より年上から年下まで沢山の子供たちがいて、兄妹がいない私でも社宅の前の広場に出さえすれば遊び相手には事欠かなかったですし、夏になれば一緒に花火をやったり、ちょっとしたイベントも楽しめましたし、そうやって年齢の違う子供たちとの接し方とか関わり方なんかも自然と学べていたような気がします。

 

でも、引っ越し先の実家は同じ横浜市内ではありましたが、もちろん私は小学校は転校になりまして、学校の友達とも社宅の友達とも離れ、両親もそれぞれの地元から離れていたのでもちろん近所に親戚などもいないので、新居の実家は周りは知らない人ばかりの、まさに核家族

そして、近所に親戚もいなければ、同じ社宅で毎日のように顔を合わせて子供同士を遊ばせていた近所の人たちの目もなくなり、良くも悪くも誰にも介入されない状態になった一軒家は、毒親気質だった母にとっては気兼ねなく本領を発揮できる場となったのでしょう。

 

家の中のルールは母が基準となり、そんな母が正しかろうと間違ったものであろうと他人に知られることは無いですし、誰に注意をされることもないですし、「子供は親の言うことを聞いて当たり前」「親の言う通りにしないのは許さない」「自分だけが正しい」「自分は間違っているワケない」と信じて疑わない母が出来上がりました。

私は実家と言うカゴの中で誰の助けを得ることもできなくて、人知れず苦しむ時間が始まったのでした。

 

近年、子供の虐待死などのニュースをよく目にする度に、他人が介入しない・出来ない核家族の暮らしの逃げ場のない追い詰められる感じを私は大なり小なり知っているから、自分と重ね合わせて怖くなりますし、苦しくもなりますし、許せない気持ちです。

私が受けたのは精神的な攻撃だったので、自分で命を絶たなけれ命を落とすことはなかったけど、もしも身体的な攻撃だったとしたら、ニュースで目にする不幸な事件は私にも可能性はOではなかったかも・・・などと薄っすら頭に浮かんだりすることも。

 

幼い子供にとっては親は絶対的な存在で、逆らうことも逃げることも思いもよらないと言うか、出来ないだろうなと思うのです。

だから、たぶん昭和の初期の頃のことだと思いますが 「 昔は、近所に必ず1人や2人、他人だろうと何だろうと分け隔てなく子供を叱ってくれるおじいさんやおばあさんがいたもんでね。 」 なんて昔話を耳にすると、それだけ昔は隣近所の交流もあって子供たちも地域ぐるみで育てられていたのだろうし、今の核家族化の中で苦しんでいる子供たちにとっては、昔の方が良い時代だったんだろうなと思ったりします。