初めての食器洗い

ここのところ新型コロナウイルスがらみの情報に気を取られてなかなか落ち着かない日々が続いていますが、今日は久しぶりに小福と両親の日記を。

これまで「小福と両親」では、私が経験した事を例に挙げながら、毒親の定義みたいなものを紹介してきました。

毒親の特徴とか傾向とかが明確であれば、今現在自分の親が毒親かどうか分からず苦しんでいる人がいたとしたら判断しやすいかなと思うので、今日もそんな感じで書いてみようと思います。

 

数ある毒親の特徴の中の1つに「子供の心のささえになろうとしない」と言うものがあるそうです。

例えば、仕事をしている親が家庭を顧みないとか。

子供のことを、無視をする・スキンシップやコミュニケーションの不足・褒めない・努力を認めない、など。

 

私の母は専業主婦だったので、仕事で家庭を顧みないこといったことはありませんでしたが、逆に専業主婦だからこそ顧み過ぎて?家の中の事や家族の日常の細部まで目を光らせて監視するので大変だった(^^;と言った感じです。

そしてその他の、子供のことを無視するとか、スキンシップやコミュニケーションをとらない、褒めない努力を認めない、は全て思い当たります。

物心ついた頃からそんな感じだったのですが、私がまだ洗面台に手が届かなくて踏み台に上がって水を出していたくらい幼かった頃のとある出来事が、今でも忘れられずに覚えています。

 

ある日の食後、私はふと、母の手伝いをしてあげようと思い立ったのです。

やりなさい、と言われたのではなく、自らやろうと思ったのです。

それは、食事の後の食器洗い。

「 私が洗ってあげる~ 」と言って台所のシンク前に踏み台を持ってきて、初めての食器洗い、初めての自主的なお手伝い、だったんじゃないかと思うのです。

私が食器を洗い始めると、母は私の横に立ちました。

でもそれは、母として娘に食器の洗い方を教えてくれるとか、一緒に洗いながら時間を過ごそうとか、そーゆーものではなかったんですね。

幼い我が子が始めて食器洗いのお手伝いをしている、という事は母はどうでもよくて、手際良く母の思うように作業が進められない私にイライラしたようで、踏み台の上に立っている私を横から体当たりで落として

「もうイイ!もう~邪魔ッ!」

と追っ払ったのでした。

 

これには私も幼いながらに理不尽を感じたんだと思います。

ムッとしたし、もうお手伝いなんてしない!なんて思ったり、突き落とされて悲しくなったり。

子供の優しい気持ちを褒めない、自主的にやろうとした努力を認めない、母のそーゆー毒親っぷりは幼い頃から始まっていたんだと分かる出来事でした。

 

ちなみに、なんで毒親は子供の努力を褒めなかったり認めないかと言うと、毒親の別の特徴が関係してきます。

毒親には、「子供と競っている」と言った特徴もあるそうです。

子供を見下して、自分の自慢話や苦労話を聞かせ、自分の成果のアピールもしたい、自分の方が優れていると言いたい、だからこそ、子供が褒められるような事は嫌だし、自分が出来ない事で子供が結果を出す事があれば許せないのでしょう。

だから、毒親の元で「いつか分かってくれる日が来るかもしれない」と努力し続けている人がいたとしたら、それは残念ながら無理なのです。

頑張っても頑張っても毒親が子供を認める事は決して無くて、そして子供はいつまでも報われなくて心身ともに憔悴してしまうので(←私がそうでした(^^;)、出来るなら、なるべく早く離れた方がイイと思うのです。

そして努力をするなら、決して理解を示さない親のためなんかではなくて、自分の好きな事や自分のやりたい事、自分のために頑張ってあげてもらいたいと思うのです。