f:id:tochimo129:20180501180746j:plain

一昨日の深夜に愛するさくらが天国に旅立った後、私は心の中ではパニックになりかけていたんだけど 「 大丈夫、大丈夫・・・これでさくらはもう咳が出て苦しむことも無い。薬を1日3回も飲まされることも無い。きっと幸せであってくれたと思うし。天国では大好きなものをいっぱい食べれて、心臓の事を気にせず元気に走ったりお散歩もいっぱい出来るんだ。 」 なんて思うようにして、あまり泣かずにこらえていれたのです。

それに、これは私達家族にとっては幸いなことだったのですが、さくらが長い闘病生活をおくっていたようには見えないほど体重も落ちず綺麗な姿のままで、穏やかな顔で、まるでいつものように自分の長座布団でただ寝ているだけのような姿だったので、さくらが天国に旅立ったという実感が多少和らいでいたような気がします。

頭ではさくらの旅立ちを分かっていても、なんとなくいつものさくらの姿ような感じがしていました。

あとは、私達夫婦はさくらのお父ちゃんとお母ちゃんなので、最後の手続きまで私たちがちゃんとして見送ってあげなければ、しっかりせねば、と言う思いもあって涙をこらえていたのです。

でも昨日の午後、葬祭場からさくらのお骨と共に帰宅して、無事に最後のお見送りを終えた夜、私の中でなんとか我慢していた涙が一気にあふれ出してしまい、泣けて泣けて、涙が止まらなくなってしまいました。

そんな私に夫は 「 我慢せんでええって。小福が一番さくらとずっと一緒におったんやから、悲しいのは当たり前やしね。 」 とオイオイ泣き続ける私のそばにいてくれました。

そして今日、家事をしていてもテレビを見ていても、ふとした時に無意識にさくらがいつもいたリビングの窓辺のお座布団の所を見たり、机の私たちの座布団の所を見たり、和室を見たり、ついさくらの姿を探してしまっては 「 ああ、そうか・・・もういないのか・・・ 」 と現実を突きつけられて、また涙が出てしまうことが何回もありました。

この家の中のアチコチにさくらの面影が残っていて、いることが当たり前であって、いないことが不自然でなりません。

でも、私があまりメソメソし続けては、さくらも 「 お母ちゃん・・・大丈夫でしか? 」 と心配になって心置きなく天国に行けないと困るので(^^;私も少しずつになると思うけど、あまり悲しみ過ぎないようにしないとな。

少しずつ時間に解決してもらいましょう。